The Light of Eternal Agape 東フィラデルフィヤ教会
MENU
ルカの福音書

ラザロと金持ちの逆転

  • east-phila
聖書のお話アイキャッチ画像_13

聖書箇所

ルカの福音書:16章19~26節
ローマ人への手紙:8章28節

ルカの福音書:16章25節

「アブラハムは言った。『子よ。思い出してみなさい。おまえは生きている間、良い物を受け、ラザロは生きている間、悪い物を受けていました。しかし、今ここで彼は慰められ、おまえは苦しみもだえているのです。…』」

ローマ人への手紙:8章28節

「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」

良い物を受ける人と悪い物を受ける人がある

生きている間に、良い物を受ける人と悪い物を受ける人があることが書かれています。病気になる人や障害をもって生まれる人、貧困家庭に生まれる人、人間関係の困難に出会う人など悪い物を受ける人は多いのです。どうも、神様は悪い物を受けることを許しておられるようです。しかし、これ以上ないくらいの悪い物を受けていたラザロと、良い物を受けた金持ちとは、死後に逆転しているのです。

神様は私たちに、神様の視点で悪い物を受けることを許しておられるようです。ということは、金持ちであること、地位・名誉があること、能力があることなど私たちが良い物を受けたと思う視点は、必ずしもそうではないと言うことです。良いものを受けていると思っていても、一番大切な物を失っていることがあるのです。悪い物を受けて、何の働きもなかったであろうラザロのような人生でも、一番大切な物を得ているのです。

最低の状況でラザロは何をしていたのか

ラザロが何をしたので天国へ入れられたのか、何も書かれてはいません。一つ言えることは、ラザロはイエス様を信じていたのです。これだけは間違いないのです。ラザロは金持ちの家の前で物乞いをし、全身おできの病気になり(たぶん栄養失調で)、犬にそのおできをなめられていた。このような乞食は当時は結構いたのかも知れません。特に飢饉の年とかは。

しかしラザロは天を呪い金持ちに悪態をついていたのではありません。イエス様を信じていたのです。すべてを神様にお任せしていました。ラザロには悪い物を神様が許されるままに、ラザロはすべて受けて召されました。それが天国への近道でした。なにか、イエス様が十字架に釘付けにされ、召されていく様子に共通しているところがあります。もちろん、イエス様は地獄の刑罰を受けられたので、比較はできませんが。

神様のなさることに不公平はないのです

このイエス様のたとえ話は、この地上のどんなことよりも、イエスキリストによる救いが大切であることを言っています。問題は、私たちは、ラザロのような人生を許された場合に、希望を失ってしまうということです。しかし、ラザロのような人生の中にも神様の助けはあったのでしょう。だからこそ、ラザロは信仰を保てたのでしよう。良い物を受ける人と悪い物を受ける人に神様の不公平はないのです。もしかしたら、悪い物を受ける人のほうに、救われる人は多いのかも知れません。ですから、このたとえ話は、金持ちであること、地位・名誉があること、能力があることなど良いものを受けることに目を奪われてはならないことを言っています。

すべてのことに感謝する恵み

神様が与えてくださり、許された人生を感謝して生きて行くことが大切なことを言っています。神様は、私たちに本当は良い物を与えたいと思っておられます。しかし私たちには試練があったほうが、結果として神様を深く知ることが多いようです。そして神様を深く知ることがどんなに大きな恵みかも、体験しないと分かりません。ですから、たとえ「悪い物を受ける人」になることが許されても、徹底して感謝していくことが神様の恵みを受けることになります。神様がすべてのことを益として下さるからです。ローマ8:28に神様のご意志がはっきりと書かれています。このみことばを信じましょう。

記事のKEYWORD

記事をSHARE

前のページへ戻る