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週報巻頭言

黙示録セミナー⑥ 「地上再臨」から「最後の審判」まで!

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今は大きな時代の変化の直前にいます、とP牧師は言われました。これから患難時代の7年間、地上再臨、千年王国、最後の審判、そして神の国の「天のエルサレム」が下って来るのです。

患難時代の3・5年目にイエス様は空中再臨され、携挙された人々を空中で迎えてくださいます。その後の大患難時代の終わりに地上再臨されます。

その再臨の時は、イエス様はエルサレムのオリーブ山の上に立たれます。使徒の働き1章11節にもありますが、ゼカリヤ書14章4節には「その日、主の足は、エルサレムの東に面するオリーブ山の上に立つ。」と非常に明確に書かれています。私たちのイスラエルチームではいつも、オリーブ山のセブンアンドアーチーズホテルの庭で祈ってますが、イエス様が実際に降り立つのは、それよりも向こう側の召天教会のあたりと考えられます。

イエス様が降りて来られます。その時は、反キリストが全軍隊を集めてイスラエルを滅ぼそうとしていますが、反キリスト軍は滅ぼされます。(ゼカ14:3~)ここで、イエス様が降りて来られる時、後について来る人々の中には、御霊の体を与えられた私たちもいることになります。

その後の千年王国の時には、御霊の体の私たちは、神と共に生き、用いられます。千年王国の後に、1000年間ゲヘナに投げ込まれていたサタンは解き放たれて、諸国の民を惑わして招集してエルサレムを攻めます。

ここで、千年王国の後にサタンに従う人々とはだれか、という問題があります。これは、主の再臨の時に地上に生き残った人々がおり、その人々は肉の体を持っており、その後、結婚したり普通の生活をしています。

我々は天の人で、信仰が失われるわけはありませんが、その方々の中には惑わされる方々がいるのです。それで、千年王国時代が終わった後に、サタンに惑わされてエルサレムを囲むということが起こってきます。しかし、神の裁きの手が働き、サタンは地獄に投げ込まれます。

その後に、「白い御座の裁き」(最後の審判)があります。黙示録20章11節~です。しかし、クリスチャンは裁かれません。12節の「数々の書物」とは私たちの人生の記録です。私たちは誰でも罪人で、罪を犯しています。その結果、滅びに定められます。詩篇139篇16節によると、私たちの人生は、もうすでに書かれているのです。しかし、黙示録20章12節の、イエス様の十字架を信じて救われた人の記録「いのちの書」には、救われた人々の名が書き記されているのです。クリスチャンは「数々の書物」に犯した罪が書かれていても、「いのちの書」に名が記されているので裁かれないのです。ノンクリスチャンは、「いのちの書」に名が載っていないので永遠の滅びになります。

皆さんはこの流れを見ることにより、再臨の主がどう動かれるかを捉えられて、永遠に主の働きの中に入ることができます。(完)

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マーリン師の著書「賛美の力」から

マーリン・キャロザース師は著書「賛美の力」で、「私たちが自分を苦しめている状況を変えてくださいと神に願うのでなく、私たちの身に起こるあらゆる事について神を讃美し始める時に、さまたげが除かれて神の力が働き始めるということ」を書いておられ、その数々の実践記録が報告されています。

特に「さまたげが除かれて」ということが心に留まりました。イエス様に熱心に助けてくださいと祈っているつもりですが、「さまたげ」があるというのです。ヤコブ1:2では「さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。」とあります。感謝し賛美することは「その病気や災難が起こったことを、私たちの人生における神の御計画の一部として受け入れて、是認することを意味します。」とあります。また、「今起こっているその事に対して神が責任を取っておられるという事実を受け入れていることになるのです。」とあります。

ですから、いま試練が許されているなら、主に信頼して、その試練そのものを感謝していくことが御心なのです。主の御名をほめたたえます。

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