The Light of Eternal Agape 東フィラデルフィヤ教会
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週報巻頭言

賜物の働きでは、「見分け」が大切です!

  • east-phila
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「御霊を消してはなりません。預言をないがしろにしてはいけません。しかし、すべてのことを見分けて、ほんとうに良いものを堅く守りなさい。」(テサロニケ人への手紙第一5章19~21節)

(1)霊的な賜物の働きは、特に「見分け」が大切です!

P牧師は言われました。霊的な賜物の働きというのは、非常に強力なものなのですが、しかし、特に見分けなければいけないのです。

P牧師が福音派の中心的な教会と言われるD教会におられた時には、霊的な賜物自体を否定していましたから、見分ける必要はなかったのです。そこでは、実際には無いものを「思い込んでいる」として、それで終わっていたからなのです。

しかし、P牧師が霊的な事柄に関わるようになってからは、これはもう、明確に見分けないといけない、ということを学ばれてきました。

(2)霊的な事柄、現象は3つに分けられる!

「本当に神から来たもの」、「心理的な人間的な思いなど」、そして「悪霊(サタン)からきたもの」、です。それを見分けないといけないのです。

よく癒しに反対する人達が、癒されたというケースを調べたけれど、1件も癒されてなかった、ということがあるのです。それは、こういう現象でしょう。集会で「癒されたと思い込んだ」か、「癒されたのだが医学的に証明できない」という場合でしょう。本当に神から来たかどうか、確認しなければなりません。

ですから、医学的に確認がしっかりした病気だと、はっきり癒されたと分かるのです。

例えば、ベニ君の脳障害の癒しや、私の胃腸病の癒しとかのように、明確な形が出ていれば、それは、医学的に確認がしっかりした病気で、癒されたと言えるのです。しかし、興奮のあまり癒しを告白して、家に帰ったらそうでなかった、という場合もありますし、サタンの惑わしの場合もあるでしょうから、「正しく見分けること」、これは重要な事柄です。

(3)正しいものははっきり確認し、それを押していく!

癒しの集会にお医者さんに来ていただいて確認してもらう、ということがあります。でも、お医者さんは検査して分かるのであって、集会では検査はできないです。ですから、そういう集会では、流れに沿っていい加減なことを言っていることもあるでしょう。

私達はそうではなく、正しいものをはっきり確認し、それを押していくことです。主からのものでないものを押していくと、矛盾が起こって来ます。違うものをはっきりと見分け、受け入れないということが重要なことです。

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(4)聖書に書いてないことはやらない!

神様にあっては、「教え」でも、「霊的なこと」であっても、「学んで確信したところ」というのを土台としています。

ですから、皆さんが学んで確信した所に立って対応する、ということは非常に大きな意味合いがあります。

例えば、霊的な、聖霊の恵みを受けるということで、よく「倒れる」ということがでてきます。倒れる、という場合でも、「3通り」あるわけです。馬橋教会でのこと、後に牧師になった方ですが、祈っていたら、「三半規管がおかしくなった~!」と言って倒れたのです。あれは聖霊が臨んで倒れたのですね。当時、馬橋教会ではよく、人が倒れることが起こっていたそうです。

しかし、集会に来た人で、「今日は倒れよう」という人がいて、その人は自分で倒れたことになります。これは人間的なものかな、と思います。

以前に、インドの集会で、器の方が、聖霊を受けなさい、とパーっと、こう言ったのですね。たくさんの方が倒れていて、聖霊的な現象が起こっていたのですが、しかし、会衆がどうなるか分かっていない、人間的なものではないかとP牧師は思われたのです。ふーっと息を吹きかけて倒れると、気持ちがいいのです。

しかし、やはり3通りで、「神から来たもの」、「人間的なもの」、「サタンからのもの」、を見分けるということは非常に重要なポイントです。

倒れる、ということでも、本当に主が働く場合はあるのです。例えば、P牧師はいつも倒れていなかったのですが、熱心なE牧師がしょっちゅう祈ってくれたそうです。すると、ある時、祈られた時に、P牧師に「うッ」と来たのだそうです。聖霊の力を感じられたそうです。や「神から来たもの」はあるのです。

しかし、聖書では、そのようなミニストリーに対してどう書いてあるのかというと、基本的な事柄は「聖書に書いてないことはやらない」、「聖書に書いてあることをやる」という原則に立つことが大事なのです。(完)

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